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「消費は誘惑する 遊郭・白米・変化朝顔(貞包英之)」要約

このところ、ずっと未来の消費について考えていて、発想が詰まってしまったので、歴史から学ぼうかと思い、江戸時代の消費を中心に分析した貞包先生の「消費は誘惑する 遊郭・白米・変化朝顔」を読みました。内容は非常に面白いのですが、けっこう分量があり読むのが大変なので、消費について学びたい人たちのために簡単に要約を作成しました。
この本は、貨幣経済の浸透と都市化の進展が始まった江戸中期から後期にかけての江戸の消費者のトレンドについて記述しています。日本では、長らく自国の通貨発行が行われておらず、16世紀までは明・宋からの渡来銭が限定的に流通していただけでしたが、織田政権・豊臣政権が貨幣を発行するようになり、徳川幕府以降は政権が貨幣発行を独占し流通させるようになります。その後、農業技術の進化と幕府の貨幣鋳造能力が発達した結果として、それまで主に米本位制だった農村・武士の社会に、都市経済の発展と商業の発達が訪れました。

著者は、消費という活動を、"「貨幣の価値」と「モノの価値」の等価交換行為"という効果だけと考えず、個人の自由な選択権の行使という側面や、家・コミュニティの補完機能という側面に着目し、消費が社会を変えるダイナミズムを持っていると主張します。また、消費の主体が、藩・村から家、家から小家族へと移行していったと指摘します。消費の意味について、貨幣経済が浸透し始めた江戸時代の消費風俗から探ることが本書の目的です。調査対象として、「遊郭」「白米」「変化朝顔」の消費動向について記述しています。

江戸時代の消費のトレンド
貨幣による消費は、それまで藩や村の中で暮らし、自由な選択をする機会が少なかった人たちに、自由な選択と取得の機会を与えることになりました。また、貨幣によって様々な生活物資を手に入れることができるようになった結果、貨幣収入のある家は多人数のコミュニティである「村」を必要としなくなり、都市で独立した生計を営む「家」が現れました。江戸時代を通じて、消費の主体は主に家であり、商品の意思決定者は家長で、家の維持のために貨幣を貯蓄し使用することが道徳的に是とされました(石田梅岩の石門心学が流行)。奢侈を避け倹約につとめ蓄財しつつ、家の地位の維持・向上のためになる付け届けや催事では積極的に消費することが、良き貨幣の使用方法とされ、貨幣は家の永続性に寄与することが求められました。これは、家がそれまでの藩・村などの共同体に比べ脆弱であり、奢侈によって簡単に崩壊してしまうことがあったためと考えられます。

消費のショールームとしての遊郭
しかしながら、こうした倹約の教えが説かれ、かつ奢侈に関する禁令が幾度となく出たにも関わらず、消費は個人の欲望・欲求・自己実現の手段として用いられました。その最たるものが遊郭でした。遊郭は、家と離れて個人が個人の欲求をに消費によって実現する場として、最先端のファッション・食の見本市となりました。遊郭で開発されたファッション・食は、遊郭の外でも販売されるようになり、遊郭に行かない町民にとっても、個人の欲求実現としての服飾・外食という消費対象になりました。また、新興町民の服飾意欲を満足させる場として、三井の越後屋などの新興呉服店も現れました。消費する余力のある家・個人は、消費によって自由に自己の欲するものを取得し、それを楽しみました。

中流町民の娯楽となった食品
こうした「消費による自由の享受」という文化は、奢侈をする余裕のない中流・下流の所得者層にも伝播しました。食の分野においても、「卵百珍」や「豆腐百珍」といった、安価な食材を多様に楽しむための書籍が流行したほか、白米の食べ方でも精米方法・精米歩合へのこだわりが生まれ、実際の味の変化は微差であるにもかかわらず、様々な精米の手法が現れ、精米価格にも大きな差が生まれるようになりました。

下層町民の娯楽となった朝顔・金魚
低所得の江戸町民、またはお小遣いレベルの消費しかできない丁稚・次男三男は、さらに安価で簡易な消費活動を通じて個人の自由な選択を楽しみました。具体的には、多種多様な変化朝顔を楽しむ趣味や、金魚や小鳥を飼い育てその変化を楽しむ趣味が流行しました。それらは華麗な消費から取り残された都市の人々にとって安価な生活の潤いの手段であると同時に、変わり種の売却などによる現金収入の機会にもなりました。

農村の消費
江戸時代では、農村においても貨幣が浸透していたものの、消費を中心として生活が行われたのは江戸と複数の都市部に限られていました。農村で消費文化が広まらなかった理由は、産業の集積が進まず商品の量が不足していたためです。農家は米を売却することで現金収入を得るものの、その収入は主に肥料や農機具の購入に使用するのみでした。つまり、農村の住民にも貨幣経済は浸透していたものの、消費による自由の享受という経験は伝播しないままでした。これが当時、江戸が農村の住民を引きつける魅力でもあり、「江戸の暮らしも苦しいが楽しい。村の暮らしは苦しいだけ。」と言われました。

明治時代以降の消費
明治中期になり、欧米の産業革命が綿紡績を中心に導入され、産業の集積が進むと、自給自足的な農家から、賃金収入を得る労働者への移行が進みはじめ、定期的な金銭収入を得る給与生活者が増えました。彼らは、本家に貨幣を集約するような過去の家制度から離れ、小家族を形成して新しい消費の主体になりました。舶来品も多数流入するようになり、勧工場や百貨店が開店するとともに、新聞と広告が流通しはじめ、商品に関する情報と購買する拠点数が増えました。結果、小家族はおのおの自由に消費を楽しむことができるようになりました。

江戸時代の消費の主体はあくまで家であり、家具・家屋・近隣等との付届けなどの消費は奨励されたものの、個人の私的な欲求を満たすための奢侈な消費は規制されていました。そのため、家から離れた個々人の欲求を満たすための消費というのは、消費全体の中では一部にとどまっていました。一方、明治以降に現れた小家族は消費に敵対しませんでした。先祖という崇拝の対象をもたず、また既存の地縁や血縁にも頼りにくい小家族にとって、消費をともに追求する可能性は、従来の家から離れた暮らしを正当化する他に得がたい根拠になりました。

以下は、明治中期以降、現代に至るまでの小家族の消費についての論述の抜粋です。
都市に頼るものなく生きはじめた小家族にとって、市場で多様な商品をともに消費していくことは、自分が家以上に「幸福な」家族で絵あることを確認する大切な手段になった。だからこそ都市を席巻する消費のモードを知っておくことに、小家族はしばしば執着する。それらは、今何を買うことがすぐれた生活を実現するために必要なことを教えてくれる 〜 17世紀末より家の目を盗み積み重ねられてきた私的な消費は、19世紀末以降、小家族という独特の共同性を、家の外部に張りだすことに成功した。そこでは私的な消費がそのまま、家族であることを保証する土台に地すべりしているのであり、こうした大きな地殻変動を前提として、わたしたちの現在もかたちづくられている
小家族は、家の枠を超えた私的な快楽の追求を追認することを核心に置き、歴史的に築かれてきた。遊女や酒食、園芸植物や小動物を対象とした私的な消費の技術を踏まえ、さらに産業機構の生み出す大量の商品を受け入れていくことで、小家族は確立されてきたのである
近代の小家族は、解体に向かうことを宿命付けられた不安定な集団としてそもそもあったとみることができる。近代の小家族はたしかに消費を共同することでまとまりを維持するが、その消費こそが一方では小家族の構成員をつねにそれぞれ一人の男や女、または子どもや老人として生きることを促す遠心力になる。その後の経済発展も、こうした事態を改善しなかった。経済発展はたしかに小家族的ライフスタイルの拡大を後押しするが、同時に多様かつモード化された商品を多数産みだしていくことで、小家族のまとまりを揺るがす根拠にもなるためである。こうした困難に小家族が直面するのは、ひとつにそれが家の永続を前提としたように消費を制約する原理をもっていなかったことを原因とする
所感
消費は、貨幣とモノ・サービスの等価交換という現象にとどまらず、個人の私的な欲求を自由に追求する手段として機能し、結果として既存の共同体の解体を進めてきました。現在では、持ち家に関するもの以外の消費の主体はほぼ完全に個人になり、小家族はさらに独身・単身に解体され、これまで小家族が担っていた機能も消費の対象物となっています。家事手伝いサービス「オカン」が販売されはじめたことは象徴的で、もはや母親すら購入できる時代です。今の日本人は小家族を小家族として存続させる哲学・原理を持っておらず、消費に誘惑されさらに細かい主体へと解体されていきつつあります。こうした、社会のダイナミズムと貨幣経済の浸透の連環がよくわかります。日本の消費について考えたい人にオススメしたい本です。

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